back

REDSニュース

top
「浦和でチャレンジする気持ちしかないと思った」。山田直輝が来季、浦和復帰へ

来季から浦和レッズに山田直輝が復帰する。湘南ベルマーレでの3年間の期限付き移籍を経て、浦和に復帰することが、12月7日(木)、湘南、浦和の両クラブから正式発表された。

山田直輝は何を思い、浦和復帰を決めたのか? レッズプレス!!の取材に答えた。キーワードは「日本代表」「チャレンジ」。

RP:浦和レッズ復帰の決め手は?
山田:日本代表に入りたいという話をして、すごく悩んでいた。ふとした時に、優先順位の最優先とすることが少し変わった時、後悔したくないと思った。

RP:
その後悔とは?
山田:サッカー選手として、現役を辞めた時のことを考えて、もし、湘南でずっと試合に出て、湘南をJ1優勝へ導いたとしても、引退した時に「なぜ、あの時、浦和でもう一度、チャレンジしなかったのか」と絶対に後悔すると感じた。そう思った時、50:50だった気持ちが、100:0で浦和に気持ちが傾いた。それが決め手。浦和でチャレンジする気持ちしかないと思った。

RP:いつごろ、そのような心境に?
山田:11月下旬。(来季について)考え始めたのは、湘南のJ1昇格が見え始めた頃から。来季、自分はどこのチームにいるのか、と漠然と考えていた。(本当に悩んだ期間は)1週間から2週間弱。湘南で培った、湘南で育った身体で、もう一度、浦和でチャレンジしたい。前の僕じゃないことを、浦和のサポーターに見せたい。また、湘南のサポーターには、湘南で培ったものが、浦和でも通用することを証明したい。

RP:浦和レッズユース時代の監督で、現在、トップチームで指揮を執る堀孝史監督の存在が移籍の判断材料には?
山田:少なからず、ある。タイミングなどすべてのことで、浦和でチャレンジするのは今しかない、そう思った。監督が堀さんになって、自分はJ2だったが1年間、試合に出させてもらって、自分のパフォーマンスも出せるようになっていた。今、帰らないと、一生、浦和に戻れないと思った。そう思った時、ここでチャレンジしなければと……。きれいごとではなく、絶対に後悔すると思ったので。

RP:もし、浦和の監督がミハイロ・ペトロヴィッチ監督のままだったら、また違う判断があったのでは?
山田:ミシャがチームを離れたのは7月の終わりでしたよね。その頃は、湘南を昇格させることで気持ちがいっぱいだった。ただ、浦和の監督が堀さんに代わって、湘南が昇格できるかなということから考え始めたので……。でも、ミシャだったら、自分はどうしたのだろうか。ただ、間違いなく、浦和にいた時の僕よりも良くなっているという自信はある。(監督がミシャのままでも)チャレンジしていたと思う。

RP:
来季、浦和で勝負するポジションは、やはり柏木陽介、長澤和輝が任されている、インサイドハーフ?
山田:そこにいるのは代表候補の選手。だからこそ、奪って……。奪えば、日本代表だと思うので。その2人から絶対にポジションを奪いたい。その気持ちでいっぱいだ。楽しみ。前の僕は何も確立しないまま、やりたいようにやっていた。完成したとは言わないが、自分の世界を持てるようになった。湘南で作ったもので、もう1回、浦和で勝負したい。

(佐藤亮太)



(c)REDS PRESS