今季の始動からここまで過密日程で地元に戻る機会のなかった興梠だが、今回、Jリーグが一時中断となったため、クラブの許可を受け、一足早くオフに入り、宮崎での式典参加となった。きょうの宮崎市内はあいにくの雨だったが、興梠を支える多くの方が集まり、彼のこれまでの実績と今後のさらなる活躍に期待を寄せた。(有賀久子)
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こぼれ話

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興梠慎三の名は後世に残る

「こぼれ話」は、選手やスタッフのエピソードを紹介するコーナーです。


昨季、浦和レッズから、第31回オリンピック競技大会(2016/リオデジャネイロ)サッカー競技(男子)に遠藤航と興梠慎三が選出された。浦和レッズサポーターにとってうれしい選出だったが、彼ら2人の出身地の皆さんにとっても同じで、やはり誇らしい出来事だったようだ。

リオ五輪後の9月、宮崎市出身の興梠には「宮崎市栄冠賞」が贈られた。宮崎県から初めてサッカー選手として五輪出場となり、初受賞だ。恩師・鵬翔高校のサッカー部・松崎博美総監督は、「五輪出場の功績を後世にも伝えるために」と受賞記念の石碑設置へ動き、その思いは周りも動かした。

記念碑製作実行委員会(発起人:松崎総監督)が作られ、鵬翔高が県リーグなどで利用し、なじみのある宮崎市生目の杜運動公園に記念碑が設置された。そしてきょう3月20日(月・祝)15時、興梠本人や両親、関係者、サッカー部の後輩たちが立ち会いの下、除幕式が行われ、一般に向けてお披露目となった。


今季の始動からここまで過密日程で地元に戻る機会のなかった興梠だが、今回、Jリーグが一時中断となったため、クラブの許可を受け、一足早くオフに入り、宮崎での式典参加となった。きょうの宮崎市内はあいにくの雨だったが、興梠を支える多くの方が集まり、彼のこれまでの実績と今後のさらなる活躍に期待を寄せた。(有賀久子)
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